[2017年01月08日 主日礼拝説教要旨]

「希望はわたしたちを欺くことがありません。」
ローマ5:5a

神の子である主イエスの洗礼は、神様の御心に適うことであり、主イエスというお方が徹底的に「低きに下る神」であることが示されている。主イエスは、全く罪のないお方でありながら、完全に罪人と同じところに下って来られた。それは罪人である私達を救うためであった。主イエスは私達を洗礼へと招いてくださる、この思いを私達はきちんと受け止めなくてはならない。主イエスは洗礼を受け、水の中から上がられた。これは死からの復活を意味している。洗礼とは実に、罪の自分が死んで、主イエスの命、永遠の命、復活の命に生きる者となるということである。この主イエスの洗礼は、その後の十字架・復活へと繋がる主イエスの救いの御業を指し示している。実に、主イエスの洗礼は、私達が授かる洗礼の予徴、前もって与えられた「しるし」でもある。私達は、洗礼によって主イエスと一つにされるということなのである。そのことによって私達は神様の子とされる。神様の御心に適うことを何よりも第一とする者にされるということである。それは神を愛し、人を愛し、神に仕え、人に仕える道。まことの神の御子である主イエスに似た者に変えられ続けていく道である。その歩みは主イエスに似た者に造り替えられ続ける歩みである。主イエスに完全に似た者に変えられる。そのことを信じているから、私達は諦めない、投げ出さない、絶望しない。私達は、老い、病等、厳しい現実の中を歩んでいる。しかし、私達は洗礼を受け主イエスと一つに結び合わされた者である。御国を目指す希望がある。その希望の中で、この年も歩み始めたい。

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